2017年9月2日
親愛なる火星の友へ(ミッションを終えてクルーの思いをまとめた。)

ポール・ナイトリー、クルー地質学者

もし時間が永遠に続く紐であるなら、人類史上初の火星着陸が実現するまで、私たちの熱意が時代を超えて波打つように、時間の紐を握っていたいと思っていた。(未来の人々は、火星探査が始まった時には)恐らくその並外れた瞬間を実現するに必要だったものが何だったのか、それを理解するために過去を振り返るだろう。そして現在の我々を見つけるだろう。我々だけではなく他の多くの人かもしれないが。

我々は火星に到達することを夢見て、8カ国を代表する人々のグループだ。世界中の一部の人のために赤い惑星へ行く道を開き、他の人々が火星に到達するために必要な知識を大幅に増幅させたいと望んだこのプログラムに我々は参加した。

探検隊の指揮官(コマンダー)として、私はこの手紙の中でクルーの思い出を編集できる名誉を与えられている。以下は、私たちの物語や感情を語り、彼らの思考の本質を表している。

Mars160プログラムは、2013年に設置された火星北極365(MA365)プログラムの一部として2016年に開始された。MA365プログラムは、カナダの北極圏で1年間の火星ミッション・シミュレーションを行う目的で開始された野心的なプログラムである。

近年の火星ミッション・シミュレーションの傾向は、最終的には火星への任務で孤立したクルーの心理的持久力を測ることを目指して、期間の長さに焦点を当ている。MA365は、極限環境条件が隔離状態に影響を及ぼす点を検証することで得られる知見を、心理的持久力で得られた知識に追加することを目指した。Mars160は、シミュレーションに費やす時間を縮小したが、将来の火星ミッション任務の計画に役立つ新しい知見の量は計り知れない。


シャノン・ルパード博士、ミッションディレクター

Mars160ミッションのアイデアは、少し絶望していた中から思いついた。予定されていたMA365ミッションは保留となり、その素晴らしいクルーは出発を待っている状態であった。そしてもしすぐにでもミッションが始まらないのであれば、彼らは参加を見合わせたかもしれなかった。ミッション期間を短縮する方向で変更が検討されたが、ユタ州の基地と北極の基地の両方を使用することで、このチームの新たな意味を生み出すことになった。ということで、Mars160は、「双子のミッション:Twin Mission」として生まれ変わった。

 

ポール・ナイトリー(クルー地質学者)

私の知る限りでは、今回のクルーは、二つの異なる火星模擬環境に対する反応と結果を比較する目的で行われたプログラムに参加する初めてのクルーとなった。

本来、Mars160は二つの異なる場所で、それぞれ80日間という同じ期間実験を行うことを目的としていた。米国ユタ州のMDRS(火星砂漠研究基地)と、カナダ北極圏のデボン島に建つフラッシュライン火星北極研究基地(FMARS)の二か所である。MDRSのミッションでは、予定の決まったタイムフレームの中でスケジュール通りに遂行できた。一方で、FMARSミッションは、資金的要因と天候不順のために短縮せざるを得なかった。FMARSが短縮されたことをミッションの失敗と受け取るよりは、むしろ火星ミッション模擬実験を行う上で、極めて重要な点を明らかにしてくれた。それは模擬実験を行う上でのコスト計算、そして備品装備を現地に届けるためのロジスティックの問題である。MDRSではこの2点についてはまったく問題が無く、多くの点で実際の有人火星探査と似た模擬的環境設定が出来た。また、ロジスティックの視点から見ても容易にアクセス可能であった。MDRSに到達するために必要なグランドジャンクションまでの民間航空機の予約も容易であり、そこから模擬基地まで2時間の運転で到着することが出来た。MDRS周辺の地質学的生物学的分野でも、サン・ラフェル隆起周辺は興味深いエリアであり、過去10年間の模擬実験でも広範囲に調査研究されてきた。しかし、実際の火星ミッションに必要とされる科学的、工学的能力と技術を訓練できる場所は、世界中でこの場所以外にはほとんど無い。このことから、MDRS近傍の砂漠地帯は世界中の宇宙機関から注目されており、火星ローバーの試験や関連ハードウェアの試験等が行われている。

一方、北極のFMARSは、地質学と気象学という意味で、実際の火星に近い状態を地球上で体験できる地形を提供している。1年の内、冬の半年間はFMARSは北極の暗黒の世界となり、気温も火星表面と同じかそれ以下の寒い状態になる。夏季は氷結温度以上になり、雪の下から現れた周氷河の地形は、火星で観測される特徴と顕著に類似性を表している。この地形は米国南西部の温かい砂漠地帯にあるMDRSでは見られない特徴である。デボン島の地形、そしてFMARSが建っているホートン・インパクト・クレータを取り巻いている特徴的な環境は、火星と似た状況の下で起こりうる多様な現象を研究する場所としては、私の知る限り最高の場所と言える。多くの点において、デボン島でのフィールドリサーチは、地上でも火星でも、次に続く活動に最も役立つ。


クラウド・ミッシェル(クルーエンジニア)

火星に行くのは簡単ではない。人間を火星表面に送ることを軽く考えるべきではない。これがMars160ミッションのような火星模擬実験が、将来の有人火星ミッションを成功させるために最も重要である理由である。火星協会はこの火星科学分野においてパイオニアとして活動を続けている。

火星に行くことは本当に困難で難しい宇宙旅行である。火星模擬実験は、考えうる中でベストな準備作業といえる。しかし、実際のミッションで直面するだろう予想外の問題すべてをカバーすることができるとは誰も断言できない。人間は、地球という揺りかごを飛び出し、別の世界に探検するときの心理的ストレスに耐えることができているのだろうか? 最大の恐怖のように思えるが、これまでに実施されてきた多くのシミュレーションでは、心理的、そして集団行動という視点に焦点を当ててきた。個人的な意見としては、この視点は間違っていると思う。正しいのは、「自主独立体の行動としてのミッションを成功させるために、クルーの能力を最大限に生かす方法を確立するには何が必要なのだろうか?」という疑問に焦点を当てるべきだと思う。

Mars160プログラムの基本の一つに、ある仮説が立てられていた。それは、火星ミッションにおいて、クルーの集団行動と一体感への最大の脅威は「退屈感」であるというものである。そのことから、私は仲間のクルーに対し、新しい科学、工学、そして計画的な奉仕活動(アウトリーチ)プログラムを実行しながら毎日の生活を過ごすよう常に確認することが指示されていた。そのなかで、いろいろ考えた末に、ある発見をした。つまり、書面による報告書作成は重要である。サンプル収集も科学的報告書作成も重要である。しかしながら、その作業が多すぎるとクルーに対して過度な労働を強いることになり、結果として報告書作成以外の実際の作業に対するやる気を削ぐというまずい結果になる、というものである。

調整とバランスが重要であり、このことよって、巨額の資金を必要とする火星ミッションのコストパフォーマンスを上げることになる。作業日の仕事と休息のバランスによって火星ミッションの成功失敗が分かれる。過重労働は社会的人間関係を劣化させ、仕事の出来具合と効率性に悪い影響を与える。私自身、数週間に及ぶ過度の労働を行ったことで、この悪い影響を体験し、仲間のクルーにとっても自分が良いクルーではなかったことに気付いた。


村上裕資(副司令官)

私は、火星に取りつかれた人がなぜにこれほど沢山いるのか、いつも考えていた。私は火星に行くなんてことは夢にも思っていない。しかし、他方で、未知の世界に突き進んでいる人々に大変興味を抱いた。私は彼らの生活を支援するための建築家でありたい。想像性のフォースを信じている。人間の創造性とは、未知に向かい合う姿勢から生まれてくる。「極点環境での生活とはどのようなものだろうか?」という疑問が私にとっての最大の未知である。未知の世界での真の生活を体験することで、自分の「向かい合う姿勢」を向上発展させたい。このことが、これまで南極やヒマラヤ遠征などの様々な探検に向かった理由である。そして最近ではこのMars160ミッションへの参加であり、これも同じ理由からである。

 

アナリー・ビートル(クルーアーティスト、兼ジャーナリスト)

火星探査を計画するとき、フィールドで訓練された地質学者の価値というのは、極限状態の中で観察する能力、記録する能力、現場での地質学的、及び生物学的解釈力等に依存する。それは観測を通じて得られた状況が多数の仮説、データ収集、そして収集したサンプルの理解にとって極めて重要である。ここ地球上では火星模擬環境におけるフィールドサイエンス分野の地質学上の描画作業というのは、フィールドワーク(実地調査)の反復作業工程そのものと言える。状況の中で本物の現象の研究を際立たせ、地球の研究を通じて火星が形成された過程を理解する助けになる。絵を描くことでフィールドでの経験を思考に変換するための役に立つ。

Mars160チームのハイポリス(岩の下に育つ生物)研究アシスタントとして、そして芸術家として、私の研究テーマは、既存のフィールドスケッチ技能を模擬火星環境に順応させる方法論確立を目指している。実験の練習に引き続き、EVAにて科学探査を遂行する時に、サンプル採取時の研究者の状況観察のクウォリティを注視することで、フィールドワーク作業のパフォーマンスが、宇宙服着用により、どのように影響するのか、比較研究することを目的とする。同時に、Mars160ミッションの間、宇宙服を着用して描画に50時間を費やすことができ、その結果、極限環境における惑星フィールドサイエンスを実施する上で役に立つ道具、手法、資源(リソース)、手順(プロトコル)等を開発することができた。これらは将来、似たような研究をする人々に適用可能である。

模擬実験の屋内や屋外で行ったフィールド描画比較研究の結果は一貫していて矛盾が無い。つまり、全体的に言えることは、描画作業のアウトプットの量と時間的制約との関係では、描画力は宇宙服を着用した場合は、着用しなかった場合の5分の一に減少する。すべての分析結果から見て、宇宙服着用状態でフィールド描画をする場合、多少遅くなり、快適性も低下するが、これらは解決しやすい要因でもある。実験によれば、宇宙服着用での描画の質そのものは、かろうじてマイナスで、例えば描画の線の明快さ、或いは表現力といった部分が劣っている。しかし、これらも改善できる問題だ。重要なのは、フィールド描画が宇宙服有り無しで実行するかどうかに係らず、データ収集という意味で、科学的リターンは基本的に同じである、ということである。このことは、火星に向かう宇宙飛行士について考えるときに大変重要なことである。正しい材料、正しい道具、そして正しい手順があってこそ、宇宙地質学者は、ここ地球で行うのと同じように、火星で行うフィールドサイエンスの描画と記録取りが可能となる。


アナスタシア・ステパノワ 保健安全責任者

ユタ州の砂漠では太陽がいっぱいで、色も赤や茶色で溢れ、エネルギーレベルも高く仕事中毒的雰囲気にもなった。このミッションは猛烈なミッションで、学習体験に溢れていた。私は、いつもの世界よりも急速に日々成長していった。毎日24時間働くといった環境だった。前にも後ろにも、エンジニア、建築技師、芸術家、地質学者、宇宙生物学者に囲まれて生活することを想像してほしい。微生物学者のアシスタントとして一日が始まり、ジャーナリストとして終わる。慎重を要し、思いがけなく、或いは予想される出来事に、常に油断なく気を配る。最善のクルーメイトになろうと常に働く。学んだことが多くなればなるほど、それ以上の願望が湧いてきた。マルチタスクが私のライフスタイルになり、地球に戻った時でさえも、火星での学習と労働の厳しいスケジュールを維持し続けた。

奇妙なことに、一人の人間としてだけではなく、グループ全体としても環境が変化すると行動も変化した。デボン島では、雨、霧、灰色、白、湿気、カビで溢れていたが、それでも異様な美しさがそこにはあった。その効果として、憂うつ、穏やかさ、そして到達しにくさなど。クルーの人間関係も変化し、最初は仕事一辺倒だった関係から、100パーセント信頼できるファミリーのような感じになった。個人的感情から作業を分担できるまでに、多くの学習経験、間違い、そして努力が必要である。もちろん、基地内で物事がどのように進むべきかについて議論することも出来る。間違いを起こすことも可能だし、司令官(コマンダー)から非難されることもある。けれども、どれをとっても個人的に受け止めることは意味をなさない。このことが、私にとって火星北極ミッションでの最大の発見である。

 

ジョン・クラーク博士 地質学者

Mars160の科学研究において主に三つの制約があったが、その一つが衣服であった。両方のミッションで、宇宙服を着用したEVAと着用しないEVAの両方を行った。着用無しのEVAでは、若干ではあるが悪天候の状況下で行ったが、防寒防風防水用服の下に温かい衣類を何枚か重ねる必要があった。このような制約の下で作業を行うことは仮想EVA服それ自身とほぼ同じくらい素晴らしいものであった。衣類の障害が少ないほど、フィールドでの作業はより効率的に行うことが出来た。この点について、宇宙服のデザイン面で考えると、手袋はもっと柔軟で柔らかくあるべきだし、可能な限り薄いほうが作業しやすい。ヘルメットに関しては、体を使う重労働を可能にし、同時にガラスの結露による曇りを防止するために、優れた換気システム(現在のものよりずっと優れたシステム)が必要となる。ヘルメットは安全でなければならず、転倒しても着用者に怪我をさせてはならない。背負器材(バックパック)も快適で安全であるべきで、落としても着用者が怪我しないようにすべきだ。安全な機器は科学探査では二番目に重要な要素である。今回のミッションでも広範な科学装置が提供されたが、幸いにも事故や怪我は発生しなかった。

採集したサンプルを分析する装置が必要で、フィールドでのさらなる進化した研究プログラムを実施するためには、より積極的に情報を提供し続ける必要がある。この装置の重要性はフィールドに滞在する時間が長くなるほど高まる。装置は単純であるべきだし、分析結果を迅速に送信でき、必要条件をすべて網羅する必要がある。地質学者として鉱物学と地球化学関連機器は共に有用であった。ユタ州のミッションの初めのころは、私は、土壌の含水量、塩分、pHのような特性を測定できた。この測定には天秤、炉、導電率とpHメータが必要だった。これらの装置は北極ミッションでは電力の制限から100パーセント利用可能ではなかった。

時間は科学探査を行う上で最後の大きな制約であった。実際の火星表面でのミッションは短期滞在か長期滞在になるかもしれない。短期滞在ミッションだとすると、1ヶ月が代表的な期間になるだろし、長期滞在では12か月以上が考えられる。北極基地は短期火星滞在ミッションに似た良い事例であった。ユタ州のミッションは、逆に長期滞在ミッションで遭遇するであろういくつかの問題点を浮き彫りにした。長期滞在ミッションでは基地の設置作業と天候が原因でミッション開始が遅れることもある。我々のケースでは事前の掃除と維持管理作業が原因で開始が遅れた。良い点では、長期滞在の場合、作業能力が増加するにつれて長期間の探査の可能性も多くなる。そして特別に興味深い場所(スーパーサイトと呼んでいる)への探索へとつながる。そしてその場所での分析能力もより一層高くなる。


シャノン・ルパード博士 ミッションディレクタ

サポート隊の我々を除けば、今回のミッションは非常に猛烈で難しい仕事以上のものであった。我々は休み無しで一日24時間一緒に生活し一緒に仕事をした。このことで、クルーは、厳しい仕事を一緒にする関係以上のより強い関係を結んでいる。その関係は、模擬実験の期間中あらゆる状況に対応する必要性が連続して起こるにつれ、厳密な指揮系統の関係から、優しい友情関係に変化した。しかし、もし感情がすべてのクルーメンバーによって共有されたのであれば、これは確実に互いの無条件の愛情になっている。

今回のミッションは私の20年以上の模擬実験の体験で観察してきたことの総まとめでもあった。クルーは、ミッションの開始前に事前にお互いを知っているときに最も良く仕事をした。Mars160のクルー、そして地球のサポートチームは、互いに顔見知りの人々で構成された。大部分の人は過去に知っていたし互いに働いたこともあった。

今回のミッションの挑戦課題として、お互いに顔見知りでないチームが立ち向かうことであったとは考えていない。課題は我々全員の感覚を共有することであり、仕事を共有し、共有があってこそミッションの成功に導いた。

チームワークでも実地調査作業でも、或いは隔離環境に対してもベストなクルーが、MDRSでもFMARSでもベストな人間であるとは限らないことを観察できた。これらの三つの点を十分に対応できる人間は、これからも成長して活躍するだろう。しばしば、このような人は、特に難しい状況の中でも全員をけん引する人である。つまり、このことが本当だとすれば、同じクルーを異なる二つの環境で人間関係力学(ダイナミックス)をどのように変えるだろうか? その答えはまだ見つけていない。ただ、我々はデータを見始めているが、いかなる不測の事態に対するすべての対応方法や対応手段を考える必要があるときに、考えられないのはどのような人か、自ら進み出て、いかなる状況でも困難を乗り越えることができるのはどのような人か、これらの疑問に対する答えを発見するだろうことを我々は期待している。

 

アナリー・ビートル(クルーアーティスト、兼ジャーナリスト)

Mars160は、私にとって、芸術と科学の間の相乗効果を研究する上で素晴らしい機会であった。ユニークな学習経験と挑戦、そして、科学探索の中での芸術分野の研究だけではなく、火星への関心を持ちながら芸術家として経験できたこと、しかし、個人的だけでなくMars160のチームメンバーとしても経験できた。地球を離れて、常に監視された極限環境の中の制御された環境で、しかも孤立した中で傷つきやすいミクロの社会の中に置かれ、共同体の概念も決定的な役割を果たす。火星では、日々の活動の大部分は、決められた任務に向けられ、安全性や耐久性、そして生活の質も容易に低下するかもしれない。クルーとの家族のような関係を通じて共同体意識を理解することは、地球以外の惑星に定住する準備をする時に検討すべき重要なことである。

高い適応性があり頑強な体のMars160クルーメンバーはスキルが高く相互に依存するチームであり、困難な環境でも大変複雑な職務をこなした。ミッションの最終目標に向けたノルマと、それに必要とされる仕事を共有して、共有の方向付けを確認した。そして我々のチームは、大規模な科学研究ミッションの厳しさにも遭遇し、一方で、限りある資源を管理し孤立した状況で緊密に共に生活する、という中でうまく機能した。

我々のミッションでは、高い問題解決能力は、学際的交流と異文化交流が組み合わさった結果であり、クルーメンバーの個人的動機づけと良心的なチームワークの間の健全なバランスが生まれた。我々のコマンダー(司令官)の明確なコミュニケーション能力と、リーダーシップを核とした柔軟な思考によって、クルー全員は毎日の分担作業と長期の目標達成にかかわりを持てることができた。勇気、根気、新たな事態への許容度、新たな経験に対する共通の寛大さ等が我々の強靭なチーム遂行能力を発揮させた。Mars160は新しいことに挑戦する、いわゆる探検家チームであった。同時に、クルーの家族は人間中心の結果を高く評価し、全員が互いに気にかけ合った。同情、温情、互いに耳を傾け合い、助け合い、課題を共有し、共通の日常業務と良質の食事、これらすべてはグループの団結とクルー全員の情緒的安定性確保に貢献した。


ジョン・クラーク、クルー地質学者

ミッション立案者(そしてクルー自身)の期待する内容は、現実的でなければならないし、クルーが可能な時間の範囲内で現実的に達成可能な中で目標基盤がしっかりしているべきである。許容範囲は人間性(休息と息抜きの必要性)、技術性(技術的に可能な停止時間)、そして環境(例えば天候)の限界を基本に考えて決められるべきである。ミッションへの期待値は現実主義に基づいて決められるべきである。さらに、ミッションスケジュールは現実的であるべきで、準備、荷造り、睡眠、食事、そして延長したミッション、休息日(聖書では労働日7日間で1日)等の適切な時間を考慮すべきである。オーバーワークもダウンワークも問題にすることが可能だが、やる気満々のミッション立案者とクルーはオーバーワークの可能性がますます高まってくる。適切なミッションの許容範囲とは、悪天候とか技術的問題の発生を含んで決められるべきである。

ミッションサポータの過度で不当な期待によって、ミッションにおける最大且つ最悪の緊張感の原因となった。実際の火星有人ミッションの場合、クルーとミッションサポートの役割の区分けを明確にし理解される必要がある。サポータの役割とはサポートすることであって管理(コントロール)することではない。規則は、関係者全員で十分理解と合意がなされ、独断的に変えらるべきではない。

クルーの相互関係と相互作用が緊密になるほど、多くの憶測や疑問の原因となり、一般論レベルの技術的な疑問に対する論評と解説をする時間の増加の原因となっている。急に起きる対立の予兆、精神疾患、社会的機能障害、異常行動等はよくある現象である。男女混成、多国籍クルーの場合は、このような問題が特に起こりやすいと考えられている。Mars160ミッションの場合、正しい人選によって、このような対立を最低限に抑え、男女混合と文化的多様性によってクルーの前向きなパフォーマンスを引き出す力の一部になっている。個人的には、最大の対立はクルー内部からではなく、外部が原因で発生した。次回の長期模擬実験ミッションを行うとすれば、躊躇なく今回と全く同じクルーメンバーでおこないたい。共存することに優れる良いクルー、よく働く人たち、そして互いに尊敬しあう友人であればこそ、すべてのことが可能となる。


アヌシュリー・スリパノヴァ、クルー生物学者

火星模擬基地での5か月間の滞在について、もしこの旅を一言で表現するとしたら、それは「再発見」だと思う。私は生物学者としてミッションに参加したが、唯一の目的は、二カ所の火星模擬基地の極限環境を探査し、どのように生活を維持するのか理解することであった。しかしながら、この模擬実験は皆さん自身の持続可能性の問題でもある。私は、この円筒形の家に長期間過ごすまでは、愛する家族から完全に隔離され、クルーの仲間と共に新しい生活に合流できるなんて想像もしていなかった。そして、EVAと呼ばれる居心地の悪い状態に何時間も過ごした科学探査とともに、火星の生息地の中を認識するというデリケートな感動の科学でもある。MDRS(ユタ州)での火星歴92日に書いた私の記録では、この知的な進化についてもっとよく表現していると思う。

「この場所に住んで、時々あなたは、あなた自身の感受性によってインタビューされている。あなたは火星を探索している。でもその代わりに、火星もあなたを探索している。なぜなら、私に新しい私を示してくれたので、そのように言える。必然的に複雑な状況に放り込まれることによって情緒的な心の揺らぎを安定にさせることを学ぶ。しかし、火星に住むことの感じ方すべてに立ち会う一方で、あなたに対して何か他のものが理解され始める。火星は多くの手段を使ってあなたの人間的拡張を邪魔する。時々、必要とされる物資が欠如することで無力感を感じるし、システムの故障、地球チームとのコミュニケーションと調整作業で矛盾が生じたり、無情な天気は探査や多くの作業を妨害する。それらは火星だからであって、地球ではないからだ。火星は、さまざまな方法であなたを極限状態に導く。皆さんは地球でも似た極限状態が存在すると思うかもしれないけど、火星では、地球上の場合のように、迅速且つ都合よく、すべてのことが抑制できることはない。また、こういった限界に遭遇することで、人間の弱点を超越しようとする試みの一部にもなる。あなたは立ち上がる。この変化のプロセスは重要である。あなたが火星にいるとき、完璧な状態でないかもしれない。そのような状態でも甘んじて受け入れなければならない。」


村上裕資、副司令官

FMARSで食事の間、ときどき自然発生的に静粛になることがあった。フランスの格言によれば、「もしテーブルを囲んで誰も話をしないということは、食事が素晴らしいということだ。」と、コマンダーの言葉。つまり、このミッションでは私は静かなままでいるべきだ。もし、強く求めるのであれば、一つ言いたい。我々は英雄ではない。確かに、MDRSとFMARSでの我々の生活は、普通の生活よりも奇妙で寂しいものである。そうはいっても、通常の生活とは違わない。我々は地球上のすべての人を代表している。なぜなら、我々は特別というより、普通の人である。いつでも、どこにいるときでも、「よく食べ、よく眠り、よく笑う」ということが人生のすべてだ。そして、これが、Mars160ミッション期間中の我々の生活の仕方だった。それは家族のようだった。名誉あるミッションは、ただ、ほんの少しの人生のスパイスである。

「親愛なる素晴らしいあなた」、私の妻からのメールはこの言葉から始まった。彼女は私と離れて寂しい思いをしているのを私は知っている。それでも彼女は私を元気づけてくれた。だからそこ、私はすべてのエネルギーを心置きなくこのミッションに捧げることが出来た。このミッションで、もし英雄が存在するのであれば、我々のサポータ達は、確実にその一人である。家族、友人、ミッションサポートチーム、その他大勢も英雄である。私は皆さんのサポートに大変感謝している。


シャノン・ルパード、ミッションディレクター

さて、プログラムは終了し、有人火星ミッションが現実のものになることを望んでいる。我々は互いに数千キロも離れて生活するかもしれないし、永遠に友情で結ばれるかもしれない。そして皆と一緒に礎石を手にしたフィーリングを共有し、火星への道をほんの少しだけ切り開いたのかもしれない。

私にとってMars160ミッションは、実際の火星ミッションに影響を与えるつもりではなかった。異なる火星模擬基地における科学的リターンを期待したつもりであった。けれでも、いつものように、ミッションのシナジー効果(相乗作用)によって、これまで一度も質問しようとしなかった重要な疑問をもたらした。同じ訓練されたクルーメンバーを、二つの異なる環境に投入していることを認識していたし、運用面の観点で興味もあった。そして、このことが科学にもたらす変化にも興味があった。しかし、私が予想していなかった方向で、クルーもサポートチームも変わっていった。私にとってこの変化は最も興味深いものである。そしてこの変化は、私にとって次のことを意味する。つまり、クルーをどのように選考したか、或いはどのようにチームを訓練したか、或いは、どのようにクルー達とミッションサポートチームを相互に結合するのか、に係らず、有人火星ミッションにおけるすべての変数をコントロールすることができない。そして、我々の耐力は我々自身の体の中に有り、我々のチームの中にあり、そして我々の共有されたビジョンの中に有る。でも詳細に練られた計画の中には耐力は無い。

 

アヌシュリー・スリバスタヴァ、クルー生物学者

宇宙探査にかける私の愛が始まったのは数年前にさかのぼる。地球の顔つきを眺めたいという単純な願望として始まった。この願望は、カタルシス効果(「心の浄化作用」)の単なる想像力によって大きくなった。これはあなたにも身に着けることができる。説明できないけど。ある日突然、自己意識が卑屈になるか、或いはもしかすると宇宙の理解不能な広大さと統合し、この二元性を消失する。言葉にするのは難しいけど。私は空からFMARSを見たとき似たような感情が引き出せれるように感じた。そして涙があふれ、私に立ち会わせてくれたこの一つの出来事に対し、私の心の中に連続した出来事のように畏敬の念を感じた。つまり、言いたいことは、このようなミッションに参加するということは、専門的な業績を積み上げるとともに、心と気持ちに火を燃え上がらせ、謙虚さと責任感をもちながら仕事をこなすように訓練される。


アナスタシヤ・ステパノワ、保健安全担当

敵対的な惑星の野性的な部分は人間を奮い立たせ、そして抑制し、心で遊び、人間のパワーを挑発し、人間の世界の概念を分断しひっくり返するように引き裂く。けれども、最後には、新しくてより良い始まりのチャンスという人類に最大の贈り物を与えてくれる。我々は、良い状態でいられること、惑星の探検家でいられること、人ではなく「人類」でいられることを証明できる位置に、これまでにないほど近づいている。


アナリー・ビートル、アーティスト兼ジャーナリスト

Mars160は、我々全員に前向きな社会的価値を創造し、数か月に及ぶ孤立状態の我々を支え続けてくれた。もし私が長期宇宙飛行のクルーに選ばれたなら、火星に向けた計画を立てるときに、将来宇宙において宇宙飛行士が、小規模な開拓者の社会の中で成長力と回復力を発展させるために必要なことは何かを考えると、Mars160のチームは、まさにそのクルーそのものだった。彼らは私にとって「導きの星」かもしれない。


ポール・ナイトリー、地質学者

火星ミッションは、これまで人類が実行したいかなることからも異なる。そして火星に行く最初のクルーが訓練を開始する時が来るときには推量の余地もほとんど無いだろう。我々は、火星に向けて出発する前に、必要とされる訓練はどのようなものなのかを知る必要がある。そしてこのことが、Mars160ミッションが将来の火星探査に寄与すると感じる知識の中核部分である。


 

 

アレクサンドル・マンジョ、クルー司令官

「ある人は言うだろう。我々は火星に行かないだろう。なぜならクルーメンバーにとってミッションをこなすには余りにも心理的に困難だから、というものだ。なぜ、「最悪」を考える代わりに、開拓者から「最善」のことを期待すると考えないのだろうか? 危機的な状況の中で、人がそう信じたいと思っている以上に、彼らは容易にミッションを遂行するだろう。」 

私はMars365プログラムに応募したとき、この文章を提出した。その時点での専門分野の経験が少なかったことで、逆に信念は単純であったと思う。しかし、模擬基地で5か月間を過ごした後、私は以前よりもいっそう確信している。つまり、慎重に選ばれたクルーチームはMars160のような冒険を見事にこなす能力を発揮する。私にとってその時が目前に来ていると感じる。そして私の火星ファミリーにも同じように、新しい旅に向けて出発するする時が目前に来ている。確かに、Mars160プログラムより重要なプログラムが迫っているかもしれない。

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