MARS160最終報告書
8月16日

この報告書はMars160プログラムを最終的にまとめたものである。私たちは、故郷からはるかに遠い北極圏のFMARSにて6人で生活した。この場所で信頼できるのは自分自身のみ。最も近い都市はレゾリュートベイ。ここから飛行機で一時間はかかる。

私たちは地上でもっとも重要な火星模擬環境の一つに滞在するというユニークな機会を与えられた。火星の大気は非常に冷たく、地球の極地の気象も似ている。パターン模様の地面の特徴、永久凍土の特性等はあちらこちらで観察される。火星ではいろいろな大きさと年齢のインパクトクレータが発見されている。ホートンクレータは直径15キロメートル、3千9百万年前にできた。基地はクレータの縁に建っている。しかし火星とは異なり極限環境微生物が多く生息している。それらの一部は最初に火星で生存するカギとなるかもしれない。あるいは地球での過去の生物を見つけるかもしれない。

我々の目標は、このような過酷な環境でフィールドサイエンスを行う方法を学習するために火星のような遠隔地で体験することにある。科学的な調査というのは、多様性があり野心的でもある。


生活

北極の30日間はユタ州砂漠の80日間と同じように感じた。ここでは時間が引き延ばされ、人間が火星でそうなると思われるように、我々もここの環境に順応した。風景を見ても、ほとんどなにも地球のことを思い起こせない。文明社会の痕跡もなく、生命の兆候も無い。丁度火星のようである。FMARS基地は火星という異界の世界で生活することがどのように感じるのか、我々に鮮やかに示してくれた。

物資はユタ州のMDRSよりずっと限りがあり、とくに電力はとくに制限されている。このことで、あらゆる場面で制限を課すことになる。燃料を節約するために発電機は一日9時間のみ稼働し、最大2時間の延長しか認めなかった。発電機が停止しているときは、暖房機、通信システム、さらに料理さえも止めざるを得なかった。幸いにもわらわれは全員ノートPCを持っており、電池があるので電力が無くても数時間は使用できたことで作業も続けることができた。通信可能時間には、インターネットが唯一の外部との通信手段であった。衛星通信は使用するに際して新たな制約を課した。通信速度は数キロバイト程度、反応時間はたまに数秒間以下、衛星信号が消えると、離れているチームや親類との電子メールのやり取りもままならぬ状態になる。

MDRSとは異なり、水については自給自足状態である。丘を降りて数百メートル先の川から水を汲んでくる。ただ、食料は、基地に到着したときに全工程で必要となる量が到着していた。今回の実験が終わりに近づくにつれ、食料供給が少なくなった。量的には余裕があったにもかかわらず、実際には食料供給にも制限があったことに気付いたことは奇妙な感じだ。このようなことは、日常生活では普通経験しないことだ。つまり、我々はいかなるものにも浪費しないように注意を払っている。

北極圏はユタ州よりもはるかに極限環境である。我々の毎日の生活はもっともっと自律的であるべきだし、毎日が自給自足であるべきだ。通信はさらに制限され、意思と行動が独立している必要がある。これは悪いことではない。有能でやる気満々のクルーが一緒なので実際に心を解き放す。しかし、このことは、逆に言えば、基本的なハブの維持管理の仕事に時間を費やし、将来の火星や他の惑星に向けた有人ミッションでは自動化がより重要である。極限環境の中にいるということは、安全性が最優先されることを意味する。ハブから遠くまで不安定の気象の中でEVAを行ったときに、そのことをより強く認識する。

今回の遠征隊の到着が三週間遅れた後、悪天候と地面の悪条件が重なって、作業開始が大幅に遅れ、ミッションの目的を、新規の時間的制約のもとで再設定する必要があった。そのため、エンジニアリング的なプロジェクトは今回は実施しなかった。この場所のユニークな地質学的特質に関するフィールドサイエンスを最優先することになった。つまり、フィールドサイエンスの目的を最大限達成することに、すべての努力を払う決定をした。


地質学

FMARSでの1ヶ月間の滞在で大変貴重な経験ができた。そのなかで、過去のホートンクレータ火星模擬研究を評価するためにより充実した装備が準備され、我々自身の調査も行う機会が与えられた。

FMARSが火星模擬実験施設として理想的である理由の一つに、古代のインパクトクレータの縁に沿った周氷河の環境の中に位置することである。この状況は、地球上ではめったにない設定である。しかし火星ではよく見受けられる。2008年のフェニックスミッションで観測されたデータによると、火星での周氷河の地形形成過程における永久凍土の役割が、地球上の多くの周氷河作用による地形形成過程と、火星の周氷河作用による過程とほぼ同じであることが確認された。このことにより、今日の火星で実際に起きている、より若い地質学上の形成過程を、この地球上で研究する機会が提供できるのである。

火星と地球の間で共通する一つの周氷河作用の特徴はパターン化された地表面である。永久凍土が凍結時の膨張と融解時の収縮の結果として形成され、長い間、この形成過程が繰り返されることで、数メートルから数百メートルの大きさのパターンを描くことになる。パターン化された地表面の衛星画像と火星表面の衛星画像を比較した場合、FMRASの近くで研究することが如何に興味をそそる対象であるか、容易に理解できる。

  

Mars160全体を通して、いろいろなパターンをした地表から多数のサンプルを収集した。これらのサンプルを研究室で分析することで、これらの地表面形成がどのような過程を経て今日に至っているか、新しい洞察を紐解くことになるだろう。天候が許す限りの中で行われた模擬フィールドサイエンス探査を行うことで、将来の火星有人ミッションで類似の形成過程を調査する方法を考察する機会も得られた。これらの調査結果は、最終的には専門雑誌の専門家レビューに提出されるだろう。

我々はデボン島の地形の画像をたくさん収集している。これらの画像は、以前、寒冷気候の風景向けに開発した表土地形マッピング手法を改良することに利用できる。特に貴重だったのは、以前の研究対処場所で十分に表現されたかなった地形の画像である。特に異なる場所のポリゴンや、北極地形における近地表面の水循環の役割をおり深く評価するためには貴重である。FMARS基地が建つホートンクレータの縁(リム)辺りの岩盤(ベッドロック)地質学はアレン・ベイ(Allen Bay)層で構成されている。二つの主な地質層(類似の特性を持った岩石タイプ)は、こげ茶色の苦灰岩と白の苦灰岩を表している。こげ茶色の地質層は大化石の残骸に富んでおり、特にスポンジ(層孔虫類)、サンゴチュウ(平坦で、群体及び単独のシワの多い)、軟体動物、ほとんどが真っすぐに突起しているオーム貝科頭足類等の死骸である。この層は、一般的に強烈に生物擾乱(地層の堆積後に存在していた生物の活動によって堆積構造が破壊されること)が起きており、恐らく血栓溶解(thrombolitic:凝固した 組織の微生物構造)であろう。薄層で、しばしばストロマトライト風苦灰岩、泥壁と波紋が特徴の白い層は滅多に見られなかった。これらの岩石の研究は、粘着性露頭の欠如で難しかった。しかしながら露出部は、大部分が置き換わったブロックの状況が、別の状況に置かれた可能性を示している。

更に我々は、ホートンクレータの特徴に関連する隕石衝突(インパクト)に精通する機会を得た。例えば、多種多様な岩石を含んでいて、特有の灰色をした角礫岩溶解シート、粉々に砕かれたコーンと一緒に、ひび割れた床岩(ベッドロック)でできているモノミクト(注:単一の成分から成る角礫岩)、角礫岩が噴出して固まった岩石、等々。これらのインパクト関連の岩石は月でも火星でも共通しているが、地球では稀である。なぜなら地球のクレータは地質学的意味で、浸食や埋没作用によって急速に破壊されている。ホートンクレータの壁や底には岩石は広く分布している。



生物学

FMARSにおける生物学的探査は、北極の植物相の文書化(ドキュメンテーション)から、古代の蒸発残留岩の中の生物痕跡調査まで、一連のテーマに沿って実施された。

熱水硫酸塩がインパクト中心地辺りから堆積している。この場所はホートンクレータの中央に位置しているが、採取されたサンプルは、過去のインパクトによって引き起こされた熱水利用の間に新たに発生し繁栄した生物の化石、あるいは生存している生物の痕跡を調査するために利用される。露出部から発生したこれらの石膏蒸発残留岩石はオルドビス・ベイ・フィヨルド層に属する。ベイ・フィヨルド層の中では石膏は海水の蒸発の過程で堆積した。クレータの他のどこかで、石膏がインパクトによって引き起こされた熱水利用活動の結果として形成されたことは知られている。両方の形成過程は、火星で低温の液体水から硫酸塩が沈殿した過程に類似していると考えられる。つまり、塩水の中に存在していたいかなる微生物も、過去に生成した石膏結晶の中にある小さな液体包含物の中に隠れているのか、あるいは劣化しながら保存層の中に彼らの痕跡が残っている可能性がある。そのため、蒸発残留岩石の中に生物の痕跡が保存されている、という仮説を探求するのは魅力的だ。

北極での石灰石の存在量と、その中にコロニーを作ったハイポリス(岩の下で育つ生物)とエピリス(石の上に生える生物)の生態の記録報告書を作成した。同様に、これらの頑健な微生物共同体の遺伝子比較分析を行う計画である。黒いエピリスの同定と特性評価を行う。この黒いエピリスは筋状の溶解水に繁殖しているのが一般的に見られる。これを我々は再発性板線(Recurrent Slope Lineaeis)と呼んでいる。これらのリソビオンツ(注:lithobionts:岩石に生息する生物。岩生植物。一般的には、菌類、地衣類、コケ、シアノバクテリアおよび珪藻)を研究することで、極地(北極)と暑い砂漠(ユタ)の両方での植生規模に対する水分の効果を理解しようと試みる。ということで、ここでのミッションは、二つの異なる環境における微生物共同体を探索するためには理想的な機会を提供してくれた。それによって、この研究領域の重要なベースラインを提供してくれたし、火星の予測できない生息地で、exophiles(生態的に人間と無関係な状態)を予想する助けになる。

地衣類の生物的多様性のマッピングと測定、北極小水疱植物、北極ケイ藻綱分子の分析も同様に調査している。地衣類の生物的多様性(biodiversity)研究は、二つの理由から今回のミッションでは重要である。第一に、二種類の異なる種の真菌類(mycobionts)と藻類(photobionts)といった地衣類が親密に共生を構成していること、そして極低温で生き残れる抵抗力、長期間に及ぶ強い紫外線照射、そして火星のような状態の中で優れた生理的適応性を示していること等。第二に、完全模擬実験の利点として、生命体を発見する手段として明白で最も容易である地衣類をサンプル採取するEVAを実施するのに好都合であること。また、宇宙服を着用してフィールドサイエンスを行う練習にもなる。

極端な極地環境において、導管植物は、栄養の欠如、低水分、授粉媒介の不足といった環境に対応する中、優勢な生殖を最大限にするために、特定の時間のみに開花すると思われる。更に、特定の開花時期(季節学)が、これらの植物の根域における微生物の活動に関連している。我々は根マイクロバイオ-ム(root microbiom)と植物季節学の機能との間に、どのような関連性があるのかを評価したい。そして、この評価作業によって北極植物の極端な製造可能性の理解と、火星における作物の適応可能性を理解する助けになるだろう。

 

 

 


科学支援、及びグループダイナミック研究

360度撮影の画像が格子パターンにて撮影されている。各ポイント間の異なる距離でテストされた。全背景ポイントはGPSによって位置測位(ナビゲート)されている。記録されたそれぞれポイントでの撮影作業は、2~3時間のEVAの場合、最長で2分間を要している。ミッションの後、パターン模様化された地面の研究をサポートするために、360度のデータを使って風景を復元する予定である。

立体写真撮影装置セットはミッション開始に先立ち設計されていて、立体アナグリフィメージ(赤、青の立体画像)を撮影するために宇宙服着用EVAの間にフィールドで使われた。この撮影セットはMDRSミッションのお陰で設計されていた。非常にコンパクトで軽量、宇宙服着用EVAの間でも容易に運べる。さらに、立体写真を撮影できる、ユーザーフレンドリーなシステムである。最後に、主な特徴としては、2枚の画像を撮影するのに必要な時間は約3秒間で大変短い。2枚の画像を撮影する間隔の遅れは、立体アナグリフィ画像の高いクウォリティを確保するために重大な影響を及ぼす。フィールドテスト(現地試験)では、フェニックスランダー(NASA火星極地探査着陸機)撮影のアナグリフィ画像から、類似の地上特性に似た風景画像を再現することも含んでいる。2枚の画像の高さと距離が着陸機の特性曲線から計測された。

より沢山の360度画像と3Dスキャニング測定をハブの中で行われ、このデータを下に、後にハブのVR(バーチャルリアリティ)画像を作製する。これらのデータはCADソフトウェアを使ってハブ内部の三次元再構築を補完する。最後に、ハブの内部で生活する人間移動パターンを記録して理解するために1階と2階で24時間低速度撮影を行った。このデータは宇宙居住施設のより良い配置計画設計に生かされると思う。

北極でのミッションでは、グループ結束力に関する興味深いデータを記録できた。それは、クルーの行動に対する隔離の影響と環境の影響である。地球をベースにする科学者チームは異なる8件のテスト結果を処理し、MDRSからFMARSに場所を変更したことで、チームワークが受けた心理的思考行動パターンの影響を比較する。この種の研究では、将来の火星模擬ミッションに向けた貴重なデータを提供する。そして、長期間プログラムに参加できる人を選考する過程で火星協会を支援できる。

ミッションの様々な側面に対するプラスとマイナスの影響を評価するために、クルーは定期的に帰還報告会を実施している。この報告会には、各クルーメンバーが経験した主な問題点について個別にブレインストームを行った。そして意見を分類化し、最も重要な意見を解決するために、最終的にグループブレインストーミングを実施した。この会合はくるーめんばーにとってはたいへん洞察に富んだ内容が見出された。クルー全体でこの問題を共有し解決に向けて一緒に取り組むことは、強固で結束力のあるチームを構築するためには大変重要で効果的な活動である。これは火星のような極限環境下でクルー活動をスムーズにするに大変重要な点である。

インターネットアクセスは制限され、模擬実験の間の積極的な広報活動が限られた。一方で、隔離状態は、書籍出版に使われるであろう、物語風にミッションの記録を文書化する意味では大変集中できた。アウトリーチはクルーが地球に帰還した後に処理され、一般向けにもっと魅力的な情報を公開できるだろう。

状況は我々にほとんどが向かい風であった。飛行機の着陸条件が悪かったためにミッションの開始が遅れ、このことで、新たな制約条件に対応せざるを得なかった。廻り道はなかった。そして、今回の旅程は一生に一度あるか無いかの機会であることから、残り時間を最大限価値あるものにするために、我々の限界を押し上げる方法を学習した。これは取るに足らないことではなく、トラブル無しで達成できるものでもない。しかし、結局のところ、この冒険には全員一緒であったし、お互いに依存し頼っている。我々はクルーとして予期せぬ事態に直面する。

Mars160プログラムと、特に今回の探索活動は地球ベースの多くの科学者に支援されている。NASAエイムズ研究センターのキャシー・バイウォータ博士、アーカンソ―大学のヴィンェント・シェヴリア博士、エジンバラ大学のチャールズ・コッケル博士、NASAエイムズ研究センターのアルフォンソ・ダビラ博士、ロシア生物医学問題研究所のポリナ・クツネツソワ、NASAエイムズ研究センターのクリス・マッケイ博士、ネバダ大学のレベッカ・メリカ博士、イタリアのミラノ工科大学のイレーヌ・ライア・シュラクト博士、米国南マソジスト大学のマシュー・シーグラ博士、惑星科学研究所のハンナ・サイズモア博士、NASAエイムズ研究センターのデビッド・ウィルソン博士。
研究責任者(PI)として火星協会のシャノン・ルパート博士、カナダ自然博物館のポール・ソコロフ、そして火星協会代表としてロバート・ズブリン博士。

Mars160クルーメンバー全員共、彼らに心から謝意を表する。

ありがとうございました!