【MARS160現地レポート60日目その1・11/30】
80日のうちの60日目。
隊長のアレックスがクルーに個人的な視点からこのミッションについてレポートを依頼し、それぞれのレポートがアップされてます。
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火星生活、70/80日間が終了。そしていま思うこと。

60 Day Report
November 30, 2016
「あなたにとって、“sim(Mars Analog Simulation: 模擬火星実験)”とはなんですか?」ミッションが始まる前、Mars160のディレクターであるシャノンが、僕らを集めこう問いかけた。そしてこうも言った「それぞれが違う認識を持っているということを、心しておきなさい」と。
僕は、人間の想像力を信じている。想像力の欠如-すなわち無関心さ-は、ときに重大な問題をミッションにもたらすことがある。遠く、遠く、想像力という宇宙船に乗って、僕らはどこまでも行ける。関心は人間であることの証であり、無関心さはその人となりを物語る。そして僕は信じている。想像力の淵源は経験であると。シャノンが言った、それぞれが想像する“sim”の違い。僕らはそれをどうやって測り合うことができるだろう。僕らは「火星」という、同じ関心を持ってここにやってきた。それ以外にお互いを測り合う術を持っていなかった。けれど僕らは今日まで、ここMDRSという同じ屋根の下で、生活を共にしてきた。いつも共に目覚め、いつも共に食べ、いつも共に笑った。点と点が線でつながり輪郭を描くように、積み重ねてきた同じ経験によって縁取られた僕らの想像力が、一つの形となってチームに芽生えつつあることを、僕は日々実感している。
「日常」の生活と、「ミッション」を送る暮らしの間に、境目はあるだろうか。僕はないと思っている。もしも境目がないのなら、宇宙の暮らしは一体どんな姿をしているのだろう。その答えを見つけたくて僕はここにいる。宇宙ミッションには必ず、明確な目標というゴールがある。だからだろうか。カウントダウンの目盛を刻みながら、ただひたすらな真っすぐな一本道の上を突き進んでいくことができる、そんなチームを好む傾向がある。けれども僕らのチームは当初こそそうであったが、今では目標に向かって気を抜かず邁進しつつも、ときに寄り道をし、気に入った道を行ったり来たりし、立ち止まって談笑を楽しむ、そんな穏やかで実りのある関係を築いている。互いを認め合い、気負いのない時間を共にしてきたことが、きっと僕らの関係の根底にあるからだろう。人の織りなす営みは、複雑だからこそ美しい。僕らの実験生活はそう物語っている。
村上祐資 / Mars160 副隊長

【MARS160現地レポート60日目その2・11/30】
これまでの60日間のまとめ。(このレポートはコマンダーのアレクサンドル・モンジュールがクルー各人に提出を求めたもの)
●Anushree Srivastava – Crew Biologist
アヌシュリー・スリヴァスタヴァ(生物学者)
のレポートです。

私はクルーの仲間にこれまでの60日間のレポート提出をお願いしました。テーマは今回のミッションと個人的な展望みたいなものです。写真、科学と技術的報告書、食事のレシピ以外のなにかも皆と共有したいのです。また、フィーリングとか人間性について可能な限り簡単な言葉で表現してほしい。
以下はクルー一人一人が個別に数日で書いたものです。結果はとてもショッキングで魅了される内容です。
●アヌシュリー・スリヴァスタヴァ(生物学者)
私のMDRSへの旅はボランティア活動から始まった。2014年、私はCapComとしてMDRSサポート係として参加しました。(注:CapComとは、有人宇宙ミッションの場合に、宇宙飛行士と地上との交信にはバックアップ宇宙飛行士や関係者が、宇宙飛行士一人につき、地上で一人が専属で交信したほうが良いという考えに基づき、この地上の通信係をCapCom(Capsule Communicator)と呼ばれる。)これが私にとって、野心的な火星有人探査の考え方に触れた最初の出来事だった。
私の仕事はCapComとして極めて満足できるものだった。この仕事は順調なミッションオペレーションを確実なものにして、有人火星ミッションのアイディアを現実のものにするために支援していると感じていた。一方で、火星模擬ミッションから導き出される貴重な情報をより深く理解できるようになった。
CapComとして働いているとき、何人かのミッションサポートのメンバーからクルーに志願したらどうかと促された。その時は、通常のMDRSローテーション申し込みが、今回のような長期間火星模擬ミッションに参加できるなんてまったく考えていなかった。なぜならこのミッションは火星協会が組織をあげて歴史上初めて行ったミッションだから。
私は限りない喜びを知りましたが、同時にMars160のクルー生物学者として肩にずっしりと重い責任を感じました。というのも、今回のミッションは単純に隔離されるというよりも、科学的な探究活動がミッションの基本に据えられたからです。
このミッションは野心的で長期間の模擬火星ミッションであり、私は生物学者として3本の主要プロジェクトに取り組んでいます。それらすべてが宇宙生物学として大変重要な課題で、地衣類の生物的多様性の分析、ヒストリック共同体の物理的生態(hypolith abundance and physical ecology)、古代蒸発残留岩の中の好塩類の三つがテーマです。
宇宙生物学は人類にとってもっとも意味の深い疑問を扱います。つまり、人間は宇宙で孤独なのか?
宇宙生物学はこの宇宙の中で絶滅したか、あるいは現在残っている生物の存在可能性を探求するのです。さらに、地球上の生命の起源と進化について深く追求していきます。つまり、Mars160の主な科学目標も一つが、二か所の重要な火星模擬基地であるユタ州の砂漠とカナダの北極圏で160日間かけて極限の生息地を探査することである。そして極限環境微生物の多様性について研究します。
個人的には、この火星模擬基地周辺で古代蒸発残留岩に生息する微生物を発見することに興味があります。そしてこのMars160ミッションの間にこの研究をすることで、火星に似た環境で生命を発見する可能性について理解を深めることに役立っています。
さらに、この長期疑似体験は、実際に火星で科学研究を効率的に行う方法を考えるうえでも大変重要です。
私はMDRSにおいて、NASAエイムズ研究センターとカナダ科学博物館の地球の専門家と一緒に、顔を突き合わせてではないが、協力して、火星の宇宙科学者としてMDRSにて宇宙生物学の研究を行っています。
この模擬体験の間に、火星と地球の科学者チーム同士のコミュニケーションがどのように機能するのか、そして、実際の火星ではどうなるのか、そのような実験も行っています。
他のMars160クルーメンバーとは違って私はこれまで模擬火星体験ミッションに参加したことはありませんでした。そのため、このミッションは模擬の火星探査の冒険を楽しむ最初の試みですし、模擬とはいえ完全な宇宙服を着て科学研究を行うのも初めてです。
このミッションは、私は科学と居住という点で多くのことを学んでいます。しかし、とりわけ、初めて学んだことは、火星までの遠い距離を飛行しようとも、同時に自分自身の内面のずっと深くまで飛行する必要がある、ということです。
このミッションを通して、私は、いつしか火星に足を下そうとする人間の努力は、科学よりも、居住よりも、そして植民地化よりもずっと偉大なことだということを知りました。
そして、自制心を失い、実際に驚かされた何かから非常に深遠な状態に陥ることも考えられます。
火星への旅行は自分自身を発見する旅でもあると思います。火星への宇宙飛行は自分を卑小な存在だと気付かせる旅でもあります。今回のミッションは私にそう語り掛けてくれました。