火星に人間が行くことは大変危険なことです。一旦地球を離れると後戻りはできません。危機的状況に遭遇すると生命の危険に直面します。危険な状況に遭遇した場合はだれも救助してくれません。クルー自身ですべてを解決する必要があるのです。
宇宙模擬実験施設は、火星飛行や火星居住で遭遇する極限環境や閉鎖環境を模擬的に作り出します。火星のように地球から遠く離れた孤立環境での集団生活では、地球ではそれほど問題にならないことでも、生死を分ける大事故につながる可能性が有ります。心理的ストレス、生理現象、クルーの社会心理学、地球との時間差のあるコミュニケーション、補給の無い物資、地球に残っているクルーの家族のケア、食糧生産、ロボット利用、屋外活動、衛生管理、機械操作、そして娯楽やリクレーション等での問題点をあらかじめ見つけ出し、解決策を準備しておくための実験施設が宇宙模擬実験施設です。
実験には主に三者がチームを組みます。以下の図が示すように、まずは、模擬施設で実際に隔離され閉鎖される「被験者」、その被験者を使って様々な実験や研究を行う「研究者」、そして、宇宙ミッシ ョンを統合管理運営するうえで重要な役割を担う「ミッション・コントロール・センター:MCC」の三者です。
●被験者:極論すれば、模擬実験の被験者は医学的条件等を満足すれば一般人でも構いませんが、 専門知識を持った専門家が好ましいとされています。被験者の条件は、研究者の実験内容と研究目的に沿って決められますが、宇宙飛行士を模した実験であることから、実際の宇宙飛行士選抜プロセスと類似のフィルターに掛けられることになります。一方、有人火星探査などの惑星探査では地質学者や生物学者等の研究者自身が宇宙飛行士となって惑星探査するため、彼らが模擬実験の被験者となります。
●研究者:研究者の専門分野は様々で、主に心理学者、生理学者、社会学者、技術者等です。彼らは模擬実験施設には直接参加はせず、外部から被験者とのコミュニケーションや遠隔装置を使用して被験者を観察しデータを取得します。被験者選考にも関わります。
●ミッション・コントロール・センター:MCCは、通常の宇宙ミッションの場合、打ち上げ前の準備、宇宙飛行士の訓練、打上げ時、目的地までの飛行、目的地での滞在期間、そして地球への帰還までの全ミッションの運営管理を行う重要な役割ですが、模擬実験でもMCCの役割が模擬的に実施される場合が多いです。例えば、被験者とMCCとの通信手順の実験などを行います。
施設概要 | 実験概要 | ||||||||||
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カテゴリ | 施設開発運用等の組織 | 呼称 | 名称 | 場所 | 種別 | プロジェクト・実験・訓練 | 補足情報 | 意義・目的 | 実施時期 | 運用 状況 |
期間 |
宇宙機関 | NASA |
HERA | Human Exploration Research Analog | Houston, Texas, USA | 閉鎖(施設) 環境制御 |
HERA Campaign | BHP評価や通信と自律の研究、人間要素評価、医学的可能性評価などに関する閉鎖環境における研究 | 2014- | 運用中 | 7~45日間 | |
Aquarius Reef Base (Aquarius Undersea Laboratory) |
Key Largo, Florida, USA | 閉鎖(海中) 環境制御 |
NEEMO (NASA Extreme Environment Mission Operations) | 将来の宇宙ミッションに備えた宇宙船における生活シミュレーションや宇宙遊泳技術のテスト | 2001-2004 | 運用中 | 6~12日間 | ||||
D-RATS | Desert Research and Technology Studies | Arizona, USA | 隔絶(砂漠) | RATS Mission | 天体表面探査におけるプロトタイプのハードウェア(ローバーや宇宙服)の評価 | 1997-2012 | 2週間 | ||||
HI-SEAS | Hawaii Space Exploration Analog and Simulation | ハワイ | 隔絶(山岳) | HI-SEAS MISSION | 宇宙飛行士の福利厚生と健康に必要な事物の確認 | 2013- | 運用中 | 4ヶ月~1年間 | |||
HMPRS | HMP Research Station | Devon Island, Canada | 隔絶(無人島) | Haughton-Mars Project | ホームページ | 火星に類似した環境を利用し、新しい技術・EVA遂行のテストや人間工学の研究 | 2000- | 運用中 | 数ヶ月~1年間 |
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ANSMET | Antarctic Search for Meteorites | 南極 | 厳寒(極域) | ANSMET expedition | 南極から隕石標本を回収する、米国主導のフィールドベースの科学プロジェクト | 1976- | 継続中 | 5~7週間 | |||
McMurdo Station | 南極 | 厳寒(極域) | United States Antarctic Program | 天文学、大気科学、生物学、地球科学、環境科学、地質学、氷河学、海洋生物学、海洋学、気候研究、および地球物理学の研究 | 1956-1972 | 運用中 | |||||
Palmer Station | 南極 | 厳寒(極域) | United States Antarctic Program | 海氷の生息地、地域の海洋学、海鳥の捕食者の陸生の営巣地など、南極の海洋生態系に焦点を当てた研究 | 1968- | 運用中 | |||||
CHAPEA | Crew Health and Performance Exploration Analog | JSC/Houston, Texas, USA | 閉鎖(施設) 環境制御 |
CHAPEA | ホームページ | 3Dプリンターで建設した模擬火星居住施設に、男女各2人、計4人が1年間隔離して様々な実験を実施 | 2023.4-2024.4 | 運用中 | 1年間 | ||
JAXA | 閉鎖環境適応訓練設備 | つくば(日本) | 閉鎖(施設) 環境制御 |
宇宙飛行士選抜試験(第4回、第5回) | 1999 2009 |
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有人閉鎖環境滞在試験(第1回~6回) | 客観的指標(ストレスマーカ)を抽出し、新たな精神心理的健康管理手法の獲得を目指す | 2015- | 運用中 | 約2週間 | |||||||
Roscosmos | NEK | Institute of Biomedical Problems (IBMP) Ground Based Experimental Facility | Moscow, Russia | 閉鎖(施設) 環境制御 |
Mars105、Mars500、SIRIUSシリーズ |
実際の宇宙船の状態に最大限近い乗組員の生活と活動の状態をシミュレーション | 2009、2010-2011、 2017- |
105日間、520日間、17-360 |
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ESA (フランス&イタリア運営) |
Concordia Research Station | 南極 | 厳寒(極域) | 2006~ | 運用中 | 8か月間 | |||||
DLR | envihab | Cologne, Germany | 閉鎖(施設) 環境制御 |
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ポーランド? | Lunares Research Station | Piła, Poland | 閉鎖(施設) 環境制御 |
ホームページ | 有人宇宙飛行中のヒューマンファクター心理学の分野での研究と最新技術のテスト | 2017年から7~8回実施 | |||||
NOSA (ノルウェー) |
AMASE | Arctic Mars Analog Svalbard Expedition | Svalbard, Norway | 関連サイト | 火星ミッションにおける科学的課題やペイロード機器のテスト | 8月 2007/2008/2009/2010/2011 | |||||
CNSA(中国) | Lunar Palace | 北京(中国) | 閉鎖(施設) 環境制御 |
Lunar Palace 365 | |||||||
宇宙関連 | Mars Society | MDRS | Mars Desert Rsearch Station | Utah, USA | 隔絶(砂漠) | 2001- | 運用中 | 2週間 | |||
FMARS | Flashline Mars Arctic Research Station | Devon Island, Canada | 隔絶(無人島) | MARS160 | 日本語サイト | 2016/9~12 2017/7~8 |
80日間(MDRS) 80日間(FMARS) |
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Euro-MARS | European Mars Analog Research Station | Iceland(予定) | N/A | N/A | |||||||
MARS-Oz | Australia Mars Analog Research Station | 15候補地 | N/A | 関連サイト | N/A | ||||||
Argentina Mars Analog Base project | Solar54 | La Rioja, Argentina | 火星への将来の宇宙探査で使用される作物と生命の条件と技術をシミュレートする、生息地、実験室、インテリジェント水文培養の測地線ドームのセットの作成 | ||||||||
環境研 (日本) |
CEEF | Closed Ecology Experiment Facilities | 青森(日本) | 閉鎖(施設) 環境制御 |
安定同位体13C をトレーサーとして,植物,動物,ヒト への炭素移行に関するデータを得る閉鎖居住実験 | 2005-2007 | 最長4週間 | ||||
The EDEN ISS consortium | EDEN ISS (Efficiently Deployable Ecosystem for Exploration Missions) |
Neumayer III Antarctic research station, etc | 南極 | 隔絶 閉鎖(極地) |
ホームページ | 制御環境農業技術を最先端を超えて進歩させるため、植物栽培技術の地上実証と宇宙での応用に焦点。国際宇宙ステーション (ISS) 内および将来の有人宇宙探査機および惑星の前哨基地向けに、安全な食料生産を開発 | 2015/3〜 | 運用中 | 4年間 | ||
宇宙以外 | アリゾナ大学 Biosphere 2 Center |
Biosphere2 | Biosphere2 | Arizona, USA | 閉鎖(施設) 環境制御 |
Landscape Evolution Observatory (LEO)、Rainforest、Ocean、Mars on Earth、Earth Systems Science | ホームページ | 閉鎖的な生態系を構築して人間生活を持続可能にするための研究、技術とシステムの開発、環境問題に関する科学的研究 | 1991/2から2年間 | ||
ロシア宇宙局、Institute of Biophysics of the Siberian Branch of the Russian Academy of Sciences, | BIOS-3 | Biological Life Support System-3 | クラスノヤルスク(ロシア) | 閉鎖(施設) 環境制御 |
関係サイト | 人間の行動と生理機能に対する長期隔離の影響の研究、閉鎖環境における植物の成長と発達の研究、生命維持技術のテスト | 1970年代 | 180日間 | |||
フランス | TARA expedition | 北極 | TARA Drift | 過酷な環境にも耐えられるように設計されたスクーナー船による環境調査と保護のための活動 | 2008 | 運用中 | 507日間 | ||||
Marine Training Centre (MTC | NUTEC | Norwegian Underwater Technology Center | Bergen, ノルウェー | Isolation Study for the European Manned Space Infrastructure [ISEMSI] | 関係サイト | September/October 1990 |